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ゴジラ映画をすべて観た人が語るブログ

シンゴジラを映画館で観る前に歴代ゴジラ映画をすべて観るのを目標にしていましたが、ついに達成しました。

まとめサイトの弊害とゴジラ

※最初に

これは過去に何度も失敗してきた自分への戒めを込めた記事であり、つい最近起きた、とあるできごとに直接関係する内容ではないことを断っておく。

また特定の人物を批判するような内容でもないことは、強調しておきたい。

 

 

街で知らない人が「ゴジラが出た!」と騒いでいたら、あなたは信じるだろうか。

街で知らない人に「ゴジラが出たと大騒ぎしてください!」と頼まれたら、あなたはそれにしたがうだろうか。

 

まず、聞く耳を持たないだろう。

 

これがネットになると不思議なもので、どんなに知らない人の言ったことだろうが信じてしまい、それどころか頼まれてもいないのに、声を大にして大騒ぎしてしまうのである。

 

これは確実に、まとめサイトによる弊害である。

まとめサイトには、記事のタイトルだけを見てすべてを把握したような気になってしまう魔力がある。

また、人よりも速く情報をつかんだという精神の高ぶりからか、内容の真偽を確かめることもせずに、ついつい拡散してしまうのである。

 

 デマを拡散してしまうのは、だれにでもあることだが、学習はできる。

 

自分が小学生のころに、あの高橋名人が逮捕されたというウワサ話が学校中を駆けめぐったことがある。

なんでも、高橋名人16連射/秒は、ハドソンスティックのボタンにバネを仕込んでいて、インチキだったというのである。

 

しかし、冷静に考えてみればわかるが、当時から今日にいたるまで、ボタンにバネを仕込んで連射数をかせぐ行為を裁く法律は存在しない。

また、ボタンにバネを仕込むとなぜ連射数が増えるのかも不明である。

 

ちなみに、鉄定規を使うと連射数を大幅にかせぐことができる。

シュウォッチという、連射速度を計測するだけのオモチャがあったが、その横にカセットテープのケースを並べて、鉄定規をそえて軽くはじくと、ビーンビーンと音が鳴り、人間には出せないような連射数を出すことができる。

シュウォッチは10秒間にボタンを押された総回数を10で割った数値を連射数として結果表示をするが、自分が鉄定規を使ったときには、10秒間で810回。

つまり16連射どころではない、81連射である。

いまにして思えば、もうすこしがんばれば813回になって、ちょっと運命を感じるようなできごとになった気もするが、それはそれ。これはこれ。

 

豪快に話が飛んだ。

 

高橋名人が逮捕されたというウワサは、なぜかほとんどの人が疑うこともなくバンバン拡散されたのではないだろうか。

おそらく人は、自分の理解を超えるようなできごとについて冷静に考えることができないのだ。

とくに自分が好きな人やモノに関することだと、なおさらだ。

まだインターネットもないような時代にあれだけの拡散力を発揮した高橋名人逮捕というデマ、もしtwitterがあったらどのくらいの速度で拡散していたかを考えると興味深い。

 

まとめサイトというのは、いかに多くの人にアクセスしてもらうかが勝負なので、記事にセンセーショナルなタイトルをつけたがる。

炎上や煽動。とくに対立を煽ることに特化したサイトすら存在する。

 

まずはtwitterにおいて、カンタンにだまされないようにする方法を考えてみよう。

 

【すぐにRTしない】

ものすごく興味深いツイートを見かけても、RTするのを最低でも5分はガマンしよう。

ホントにRTする意味があるのかどうか。冷静になってみるといい。

まずは脊髄反射的なtwitterの使いかたをやめてみよう。

 

【はちま・JINは完全に無視する】

はちま・JINは、いわゆる2大「ゲハブログ」である。

大げさなタイトルの記事が多いが、じっさいに見に行くと転載だらけで、本文は10行も書かれていないことがわかるだろう。

過去に何度もデマや曲解した記事を公開して、膨大な数の人に迷惑をかけていることも見逃せない点だ。

ちなみに、自分はこのふたつのtwitterアカウントをブロックしている。

なかには、このふたつのアカウントのツイートをRTした人をどんどんブロックしていく過激な人も、けっこうな人数でいる。自分の知り合いにも多い。

 

また、こういったアカウントをRTする数が多いと、必然的に狼少年的なあつかいを受けてしまうのは避けられない。

もうすでに、あなたのRTは切られているかもしれない。

はちまとJIN。おぼえておいて損はないだろう。

 

【ドッシリとかまえる】

相手のニュアンスが完全には伝わらないネットでは、喜怒哀楽の表現は時として自分の想像を超えた意味合いで相手に突き刺さることがしばしばある。

突き刺さるというのは、もちろん敵意である。

そういう不慮の事故を防ぐために発明されたのが、語尾につける(笑)や(怒)であると考えられる。

もめごとが起きたときは、かならず両者の言い分を聞いてから判断するのも重要だろう。

スルーをおぼえよう。よくわからないことにムリに首を突っ込む必要はないのだから。

 

楽しいはずのSNSをやってイライラしているようでは、その使い方は確実にまちがえている。

明るく楽しく元気よく。

 

どうにもならなくなったら、ゴジラ映画の1本でも観ればよい。