ゴジラ映画をすべて観た人が語るブログ

シンゴジラを映画館で観る前に歴代ゴジラ映画をすべて観るのを目標にしていましたが、ついに達成しました。

エロゲー懐古厨プレイ『この世の果てで恋を唄う少女YU-NO』005(終了)

さて、ゴールデンウィークも最終日。

ようやく、YU-NOの達成率100%に到達した。

 

当時クリアした感想

「壮大なスケールのストーリーすげー! (理解できなかった)」

 

今回クリアした感想

「むずかしい理論はいまも理解できないけど、消化不良感が大きい」

 

YU-NOのあとに、いろんなゲームを経験してしまった現在の自分には、どう評価すればいいのかわからない。

というのが、正直な感想である。

 

まず、自分と同じく当時にプレイした連中は、まちがいなく神ゲー評価をしたと思う。

 

しかし『シュタインズゲート』のような化け物ゲームを経験してからプレイする人は、評判のわりには肩すかしをくらうのではないだろうか。

 

「今でも人生の中でいちばんおもしろいゲーム」

YU-NOを超えるゲームはない」

 

そんなことを言っている人も多い。それは否定しない。

 

これは、自分が『餓狼伝説』が好きになれなくて『ストリートファイター』が好きな理由と同じなのかなあと感じた。

 

すなわち「フロンティア精神」である。

 

最初に踏み込んだモノは強い。

その勇気をほめたたえたい。

 

話を戻す。

 

当時のエロゲーはアドベンチャー形式が多かったが、そのアドベンチャー部分は、エッチなグラフィックを表示させるまでの障害でしかなかった。

 

理不尽な選択肢、途中でセーブできない、セーブ地点をまちがえるとクリアできない、なぜか男のハダカ画像を見せられる。

 

もう、ホントにそんなゲームだらけであった。

 

そこに、重厚なシナリオを持ち込んだYU-NOの功績は、大きい。

 

泣きゲー」というジャンルも発生した。

泣けるシナリオのゲームを、エロゲー売り場に買いに行くという謎の現象が発生した。

 

そして、自分だけではないと思うが、エロゲーをプレイしているのに、肝心のエッチなシーンはリターンキーを連打して読まずに飛ばすという不思議な行為。

 

そう。エロゲーなのに、エロ要素は完全にオマケと化していた。

 

話を戻す。

 

エロアドベンチャーゲーム界を変えたYU-NOの功績はデカい。

これは、くつがえされることのない事実である。

しかし、いまのゲームに慣れた人がプレイしてもおもしろいと思うかどうかは疑問が残る。

 

そう。

古いゲームと最新のゲームを絶対客観的に比較するのは、不可能なのである。

 

たとえば、自分は『ウィザードリィ』という昔のRPGが大好きだったし、いまでも好きである。

このゲームは、いわゆる3Dダンジョンタイプのゲームのはしりだが、当時プレイしていた人たちは、自分も含め方眼紙に鉛筆でマップを書いていた。

まさに、一歩ずつ行動範囲を広げていくのである。

 

しかし、いまの3Dダンジョンタイプのゲームには、オートマッピング機能が搭載されているのが常識である。

これがあると、とりあえずガンガン先に進んでみて、ヤバくなったらマップを見て戻ればいい。

 

同じ3Dダンジョンタイプのゲームでも、ゲーム性が完全に別モノになる。

 

そして、自分も含めそういった古い名作ゲームのリメイクが出ると、原作ファンはほぼ確実にバカにするのである。

 

「マップを自分でつくって開拓するスリルがなくなった」

「こんなにヌルくなったら遊ぶ意味なくねwwww」

 

いや、リメイクの話をしたいわけではない。

話を戻す。

 

自分はただ、懐古厨プレイをしたいだけなので、どうしても昔のゲームを高評価しがちになりそうだ。

そこは、気をつけるようにしたい。

 

そろそろ、まとめよう。

 

『この世の果てで恋を歌う少女YU-NO』の懐古厨プレイ、終了。

 

プレイ時間は約90時間

まさに「開拓者」として評価されるべきゲーム。

後発ゲームに与えた影響は絶大なのではないだろうか。

自分は思い出補正があったのでかなり楽しめたが、初プレイだったら投げてしまっていた可能性が高い。

 

つまり、YU-NOを楽しめる自分と、YU-NOを途中で投げる自分がいるわけだ。

そして、学生時代にプレイした感想と、オッサンになってからプレイした感想を見比べている自分がいる。

 

これこそまさに「並行世界」である。

 

おあとがよろしいようで。